犬の混合ワクチンのお話
犬のワクチンには大きく分けて狂犬病予防法によって定められている「狂犬病ワクチン」と
動物病院で獣医師と飼い主の判断で委ねられる任意の「混合ワクチン」の2種類があります。
この記事では混合ワクチンによって防げる感染症と接種時期や回数、リスクなどについて紹介します。
監修の先生内田 恵子 獣医師(元ACプラザ苅谷動物病院統括院長)
小動物臨床に35年間従事した後、現在は動物病院運営のためのアドバイスを開始している。JAHA内科認定医、JAHAこいぬこねこの教育アドバイザーであり、動物病院で動物の入院中ストレスや診察中ストレスを軽減し、病院で問題行動を作らないような技量を広めるため活動中。
ワクチンって何?
ワクチンとは、伝染性の病気や感染症などを予防するため病原体から作られた薬液のことをいいます。体は細菌やウイルスに感染すると、侵入してくる病原体と戦うため抗体を作って攻撃するしくみを持っています。これを「免疫」といいます。ワクチン接種はこの免疫のしくみを利用し、毒性を弱めたものや毒性を完全になくした病原体を人為的に体内に入れて、その病原体に対する抵抗力をつけて感染を予防する方法です。
また、ワクチン接種には1頭1頭が免疫力を上げて感染症にかかることを防ぐ「個体免疫」と、周辺地域の70%以上が免疫を持てば地域集団としての免疫力が上がり、感染症のまん延を防ぐという「集団免疫」の考え方があります。この集団免疫の代表例が狂犬病ワクチンです。日本国内では1957年の猫での発生を最後に狂犬病が発生していないのは、狂犬病予防法で義務づけられているからといっていいでしょう。
犬の混合ワクチンの種類
犬の混合ワクチンは「コアワクチン」と「ノンコアワクチン」の2種類の組み合わせによって構成されています。コアワクチンとは生活環境に関わらずすべての犬が接種すべきワクチンとされ、ノンコアワクチンは暮らす地域環境や暮らし方などのその犬の感染のリスクに応じて接種すべきワクチンとされています。動物病院ごとに取り扱っているメーカーが異なるため料金や混合の種類もかわってきますが、一般的に以下のような種類があります。
混合ワクチンの種類一覧
※1:アデノウイルス1型は2型のワクチンで予防可能なため1型がワクチンに含まれていなくても1型2型とも予防できるとされています。
※2:レプトスピラ症のワクチンは製品ごとに血清型の異なる2〜5種類を含みます。
※3:ボルデテラ・ブロンキセプチカを含む3種混合ワクチンは点鼻投与になります。
犬の混合ワクチンは毎年必要?
予防接種の時期や回数とは
混合ワクチンの接種間隔にはさまざまな考え方がありますが、この記事ではWSAVA(世界小動物獣医師会)のワクチネーションガイドラインが推奨している混合ワクチンの接種時期や間隔をもとに紹介します。
参考:WSAVA犬と猫のワクチネーションガイドライン
※1:アデノウイルス1型は2型のワクチンで予防可能なため1型がワクチンに含まれていなくても1型2型とも予防できるとされています。
子犬の混合ワクチンの接種時期
母犬から譲り受けた抗体を「移行抗体」といい、生まれたばかりの子犬の約95%が母犬の初乳から得られているといわれています。この移行抗体によって生まれたばかりの子犬は感染症から守られています。この抗体は成長と共に消えていきますが、移行抗体が残っているうちは母親由来の抗体が攻撃をするのでワクチンを打ってもワクチンによる子犬自身の免疫獲得が充分に得られません。初回のワクチンの開始する時期や接種回数が異なる理由として、その子犬が移行抗体をまだどのくらい持っているのか、多いのか少ないのか特定できない点があげられます。そのため子犬は数回にわたって接種する方法が推奨されています。初回のコアワクチンを6〜8週齢で接種、その後16週齢以上になるまで2〜4週間隔でおこないます。ワクチンによる抗体が充分にできていない可能性がある場合、同じ病原体をもう一度接触させて確実に免疫を獲得させるための追加接種「ブースターワクチン」をすることもあります。
混合ワクチンは毎年必要?
WSAVAのワクチネーションガイドラインでは子犬の時期に着実に免疫を獲得する工程を踏めば、その後コアワクチンは3年以上ごと、ノンコアワクチンは1年ごとの接種を推奨しています。
コアワクチンのほとんどは「生ワクチン」でできています。生ワクチンは毒性を弱めた病原体でできていて、細胞自体が病原体を認識・記憶・攻撃して回復することで、強く長持ちする抗体を獲得できます。WSAVAのワクチネーションガイドラインでは、犬パルボウイルス2型(CPV-2)、犬アデノウイルス(CAV-2)ワクチン、犬ジステンパーウイルスのコアワクチンについて、生ワクチン接種後の免疫持続が9 年またはそれ以上の試験結果が出ているとあります。ただし、長持ちする免疫を得られますが、免疫を獲得するまで体に負担はかかります。一方、ノンコアワクチンは主に病原体を殺菌し感染性のない抗原タンパクとして投与する「不活化ワクチン」のタイプが多いです。体への負担は少ないものの抗体が生ワクチンと比べ長持ちしません。
国内では、追加接種をしようとも単味(※2)のノンコアワクチンが常備されてない動物病院もあります。また、その犬が元気で接種後のリスクがないと判断されれば、年に1度混合ワクチンを接種している病院もあります。不必要な接種を避けたい場合は、かかりつけの獣医師に相談した上で、その子にあった愛犬のためだけのワクチンプログラムを組んでいきましょう。
※2:レプトスピラ症のワクチンは製品ごとに血清型の異なる2〜5種類を含みます。
ワクチン接種で気をつけたいこと
免疫が獲得できるしくみによってさまざまな感染症を防いでくれるワクチンのように思えますが、注意したいのはワクチン接種による副反応です。接種後、チアノーゼや呼吸困難など即時的にあらわれるアナフィラキシーショックや、1時間以上経過してから顔面浮腫や皮膚のかゆみ、嘔吐下痢などの消化器症状、元気がないなどの症状が現れることもあります。こういった副作用に備えて1日経過を見守れる日の午前中に受け、過度な運動は避けて静かに過ごしましょう。そしてもしも異常があらわれたらすぐに動物病院へ連絡してください。
抗体価検査という選択肢
通常であれば、もしも抗体価が決められた量よりも低く、十分でないと思われても、感染すれば通常一気に抗体価は上がり、十分な反応が見られて、感染防御は成立することもありますが、過去にアレルギーが出てしまった、持病がある、高齢であるなどでワクチン接種が心配な場合は、抗体がどのくらい残っているか調べる抗体価検査という選択もあります。結果がでるまでに1〜2週間ほどかかったり、調べる抗体の数によってワクチン接種以上の費用がかかることもありますが、接種を見送りたい場合に有効な検査といえます。
また最近では、初年度ワクチン接種で十分な抗体産生が行われたかを確認し計画を立てたり、治療中などでワクチン接種が受けられない場合、宿泊施設やドッグランなどの利用時に混合ワクチンの証明書の代わりに1年以内の抗体価検査の結果の掲示でも受け入れてくれる場所も増えているようです。
犬の混合ワクチンが対象とする病気
最後に、犬の混合ワクチンが対象とする病気について解説します。
犬のコアワクチンが対象とする病気
日本での犬のコアワクチンの対象は、「犬パルボウイルス感染症」「犬ジステンパーウイルス感染症」「犬伝染性肝炎(犬アデノウイルス1型)」「犬伝染性喉頭気管炎(犬アデノウイルス2型)」です。
犬パルボウイルス感染症
死亡率の高い感染症のひとつで、発熱、激しい嘔吐や下痢(トマトジュースのような血便)、それに伴い重度の脱水症状も出ます。進行が早く、8週齢未満で感染した子犬では心臓にウイルスが感染すると心筋炎を発症する危険があり、呼吸困難となり急死することもあります。一般的な消毒薬は効かず塩素系消毒薬のみ有効とされています。ウイルスの生命力が強いため、食器の使い回し、感染した犬を触った手でほかの犬を触るなどの人を介した間接的にも感染しますので、特に迎えたばかりのワクチン未接種の子犬には注意が必要です。
犬ジステンパーウイルス感染症
伝染力が強く死亡率も高い感染症のひとつで、パルボウイルスワクチンと同じぐらい混合ワクチンに含まれています。若い動物を中心に見られる急性症と回復したかのように見られながら時間経過後、神経症状を呈する亜急性発症、また中高年になってから痙攣や麻痺の症状が出る慢性発症がある。感染している犬の目やにや鼻水、唾液、尿、便に触れたことによる接触感染や、咳やくしゃみなどのしぶきを吸いこむなどで感染し(飛沫感染)、潜伏期間の後、発熱、鼻水、くしゃみ、結膜炎などの風邪のような呼吸器系症状から始まり、下痢、嘔吐などの消化器系の症状があらわれます。重症化すると脳までウイルスが達し痙攣などの神経症状があらわれ死に至ることもあります。伝染力が強いため他犬がいる場合、感染した犬は隔離するなどの対応が必要です。
犬伝染性肝炎(犬アデノウイルス1型)
初期症状が犬ジステンパーと似ているとされています。発熱、鼻水、くしゃみ、嘔吐、下痢などの症状が見られ、続いて肝臓に炎症が起こるため肝臓の機能不全によるさまざま症状もあらわれます。主な感染経路は、感染している犬の目やにや涙、唾液、尿、便に触れたことによる接触感染です。特に尿は排泄された後もウイルスは残るため感染源として注意が必要です。回復期に角膜の浮腫により目が青白くにごって見えるブルー・アイが見られることも特徴です。
犬伝染性喉頭気管炎(犬アデノウイルス2型)
後述するケンネルコフの主要病原体のひとつです。人の風邪と似た症状で、感染した犬との接触感染と咳などによる飛沫により感染するため、多頭飼育下では集団発生が多い伝染病といわれています。主な症状に発熱、咳(乾いたような咳)、鼻水、苦しそうな呼吸や肺音の異常などが見られ、犬アデノウイルス2型単体の感染では死亡率は低いといわれてますが、ほか複数のウイルスや細菌の二次感染によって肺炎などを起こし重篤化する場合もあります。
これらはいずれも感染力が強く重症化すると死に至ることもあります。世界でも、発生が認められていて軽視できない恐ろしい感染症です。ワクチン接種を適切な時期と回数おこない免疫を持つことで感染を防ぐことができるため「感染を防ぐ」「まん延を防ぐ」ためにもすべての犬にワクチン接種が推奨されています。
犬のノンコアワクチンが対象とする病気
ノンコアワクチンは、犬パラインフルエンザウイルス感染症、犬レプトスピラ症、犬コロナウイルス感染症、伝染性気管気管支炎(ケンネルコフ)を対象にしたワクチンです。
犬パラインフルエンザウイルス感染症
犬の伝染性気管気管支炎(ケンネルコフ)の主な病原体のひとつであり、感染した犬との接触や飛沫感染により感染するため、多頭飼育下では集団発生しやすい伝染力の高い感染症です。主症状は、発熱、咳、くしゃみ、鼻水などの人の風邪のような症状で単独であれば症状が軽いとされていますが、ほかのウイルスや細菌による二次感染を起こすと肺炎など重症化する場合もあります。
犬レプトスピラ症
水土壌などの接触による、人にも感染する人畜共通感染症(ズーノーシス)です。
代表的な保菌動物としてネズミなどのげっ歯類が挙げられます。腎臓で細菌を保持し尿と一緒に排出され、その尿に汚染された水や土壌などに接触すると、口などの粘膜や皮膚を通して感染します。レプトスピラは細菌の種類も多く、ワクチンには「カニコーラ型」 「イクテロヘモラジー型」 「グリッポチフォーサ型」 「ポモナ型」などの複数の血清型があるようです。発熱・嘔吐、粘膜の充出血、黄疸などの症状に加え、重症の場合は肝臓や腎臓に障がいがあらわれます。台風による洪水・川の氾濫などの後に特に注意が必要な感染症です。未接種の場合、暮らす環境やお出かけ先など、思い当たる場所で遊ぶ可能性があるならば獣医師に接種するべきか相談することをおすすめします。また、秋に発症が多いので夏にワクチンを接種するのが基本。
犬コロナウイルス感染症
犬コロナウイルスが消化管に感染することで起こる病気です。外出先でニオイを嗅いでいる最中に口や鼻がウイルスに接触したり、感染した便を踏みその足を舐めたりしたことで感染します(経口感染)。嘔吐と下痢が主症状で、重度では脱水症状を引き起こします。子犬の場合二次感染を起こすと重症化する場合があります。
- ※WSAVA(世界小動物獣医師会)では犬コロナウイルスワクチンは非推奨ワクチンとされています。
犬伝染性気管気管支炎(ケンネルコフ)
“ケンネル(犬舎)”と“コフ(咳)”を合わせた「ケンネルコフ」とも呼ばれ、ペットショップやペットホテルなどの同じスペースに何頭も犬がいる環境下で感染の可能性が高く、咳が出るのが特徴の伝染性の呼吸器疾患の総称です。感染経路は接触感染や咳やくしゃみなどによる飛沫感染などで感染します。単体のウイルスだけではなくさまざまな病原体の混合感染によって発症します。複数ある中でボルデテラ・ブロンキセプチカ、犬パラインフルエンザウイルス、犬アデノウイルス2型が主な病原体とされ、点鼻タイプの3種混合ワクチンがあるようです。人の風邪と同じく一過性のものが多いといわれていますが、犬舎のような場所に頻繁にあずけることが多い場合はあらかじめ獣医師に相談してみましょう。