ペットフードと手作り食の
メリット・デメリット
「ペットフードの方が良い」「手作り食の方が良い」というどちらか一辺倒の情報が多く、
どのように選ぶべきか、どう使うべきか悩んでいる方も多いのではないかと思います。
価値観は多様で使い方を判断するのは飼い主自身ですが、その判断材料としてそれぞれの強みと弱みを知ることは重要です。ここでは、そのヒントとなる情報や考え方をいくつか挙げてみたいと思います。
監修迫田 順哉
(ユニ・チャーム株式会社)
ペットフードのエビデンス設計・栄養設計を行いながら、ペット栄養管理士資格の講師、日本ペット栄養学会編集委員、管理士認定委員、ペットフード協会栄養基準研究会メンバーとして学術啓蒙活動に従事。2016年よりペット栄養学会誌にて論文を連載。ペットフードのリスク評価・管理を行いながら、ペットフード安全管理者資格の講師も務める。
迫田順哉. 2017. ペットフードの栄養設計や使用における安全. ペット栄養学会誌, 20: 156-162.
ペットフードの強みと弱み
ペットフードの最大の強みは簡便性だと思います。総合栄養食であれば、水とそれのみで必要な栄養素の過不足なく健康を維持できる点です。日本のペットフード公正取引協議会の総合栄養食の基準は、アメリカの団体AAFCO(米国飼料検査官協会:The Association of American Feed Control Officialsの略称)の栄養基準を採用しており、世界中の科学論文やペットフードメーカー・研究機関などに存在する未公開の情報や食習慣などから、多くの専門家たちが何年間も調査・議論を重ねて作っています。このため総合栄養食を主食とする事は、欠乏症や過剰症のリスクは最も低く抑えられる事につながります。
一方で多くのペットフードは家庭料理とは異なりオーダーメイドは困難です。基本的には、世の中の平均的なワンちゃんネコちゃんを対象に設計が組まれることとなります。この部分を解消するために、ペットフードメーカーでは「犬種別」「肥満用」「年齢別」などより細分化した製品を展開しています。近年は素材のトッピングなど見た目も楽しいペットフードも随分と増えましたが、特にドライフードのエサのような形状は、まだ食事と呼ぶには味気なく感じるのは否定できない事実かと思います。
手作り食の強みと弱み
手作り食の最大の強みはオーダーメイドが可能な点です。食物アレルゲンを特定するために原材料を絞った手作り食を食事療法に組みこんだり、特殊な症状の疾患で、療法食でも対応しきれない場合などに、手作り食レシピを処方する獣医師もいます。このため、総合栄養食基準と素材や調理の特性を熟知した専門家が、その子の状態を確認した上で設計すれば、その子に適した食事が作れる可能性があります。また食材そのものを自分自身の目で見て選べるという安心感、調理したての料理は味付けをしなくてもペットフードよりも美味しい物が多いという点も魅力的なメリットかと思います。
一方で、一般的なスーパーで毎日買える食材を用いて正しい総合栄養食を作ることは、ペット栄養管理士や獣医師でもそれなりの訓練を積まなければ困難です。また、AAFCOの総合栄養食基準が存在しますが、この栄養基準はあくまでペットフードで想定されている原料や加工調理方法を用いて製造された物に対する基準ですので、スーパーで売られているような食材を用いて、計算上では総合栄養食基準を満たす物を作れても、これが本当に総合栄養食になるかどうかは分かりません。例えば、カルシウム源として卵の殻などを用いたとしても、フードプロセッサーで微粉砕することが難しく、実際には吸収できていない可能性があります。また、手間や費用負担は大きくなり、この時間を計算・情報収集・料理に使うよりはワンちゃんネコちゃんと接する時間を増やすことの方が、より愛情を伝えることになるのではないかという考え方もあるかと思います。ペットフードよりも嗜好性が高くなる傾向があるため、災害時や療法食をどうしても使用しなければならなくなってしまった時にペットフードを食べないという事態が起こりうることも懸念点の1つです。
手作り食とペットフードの
栄養設計比較例
具体的な数値を示して論じられることが少ないと思いますので、ここでイヌ用を例として具体的な手作り食レシピや栄養素の計算値、ペットフードの分析値などを見てみたいと思います。手作り食は、スーパーで買える食材の中で総合栄養食基準を比較的満たしやすい食材を選び、手間を考慮し原材料は5種類程度、計算の簡便性と食中毒リスク低減を考慮し調理方法は「茹で」と「焼き」に限定しました。レシピは次の通りです。
今回検討した手作り食のレシピ例(総合栄養食基準は未達成)
材料 | 割合 | 栄養素 |
---|---|---|
白ご飯 | 30% | 炭水化物源 |
皮つき鶏もも肉(茹で) | 10% | タンパク質源、リノール酸源 |
焼きサーモン | 15% | タンパク質源、ナトリウム源、ビタミンA・D・E源 |
小松菜(茹で) | 40% | カルシウム源、多くのミネラル源、ビタミンB群・E源、葉酸源 |
ゆで卵 | 5% | タンパク質源、リノール酸源、ビタミンB群源 |
見た目はやはり美味しそうで、実際にとても喜んで食べます。次に総合栄養食基準、手作り食の計算値、ペットフードの分析値を比較してみましょう。
「手作り食の計算値とペットフードの分析値の比較(PDF)」を表示
タンパク質やアミノ酸、脂質や脂肪酸といった栄養素は手作り食でも満たせますが、多くのミネラル・ビタミン類が欠乏してしまうことが分かるかと思います。これらはサプリメントで調整可能ですが、ミネラル・ビタミン類はバランスも大切でこれを家庭で計算しどの銘柄のサプリメントをどの料理と組み合わせるのが良いかを判断することは非常に困難かと思います。足りない栄養素のみを他の食材を足すことで補っていくことも可能ではありますが、食材の選定が複雑になると同時に、計算上の数値が満たしていてもAAFCOの想定している消化吸収率が満たせない食材や調理方法を用いることとなるため、実際には総合栄養食基準を満たせていない可能性も出てきます。
メリット・デメリットを
理解して適切な選択を
ペットフードも手作り食も、どちらも一長一短ですが、それぞれのメリットとデメリットを理解して与え方の選択をしていただくのが良いと思います。多くのペットフードメーカーからは今後もこれらのギャップを埋めるために手作り食に近づけたような製品も多く発売されることが予想されます。新しい原料や加工方法が現れることは世の中を変えていく可能性があると同時に、リスクもあります。この設計や使用に関するリスクや安全確保に関する情報は専門家に向けて解説記事を執筆していますので、より深く知りたい方はこちらを確認いただければと思います。
迫田順哉. 2017. ペットフードの栄養設計や使用における安全. ペット栄養学会誌, 20: 156-162.
https://doi.org/10.11266/jpan.20.2_156