高齢犬の震えの原因とケア
高齢犬が急に震え始めたとき、飼い主さんは驚いてしまうのではないでしょうか。
真っ先に思いつくのが恐怖や寒さかもしれませんが、痛みや病気のサインで震えることも少なくありません。
震えの原因に合わせたケアや治療をすぐに行えるよう、飼い主さんが知っておきたいことを紹介します。
お話を伺った先生鈴木 玲子 獣医師(WANCOTT/ベル動物病院院長)
麻布大学獣医学部獣医学科卒業後、20年にわたり動物病院に勤務。現在は東洋医学を中心とした治療を行う往診専門のベル動物病院院長。往診エリアは東京都・神奈川県・愛知県名古屋市。「WANCOTT」では老犬ケア・ドッグホテル利用の犬を中心に、診察・治療・健康管理、医療セミナーを担当する
ライター:金子志緒
犬の震えには3つの原因がある
高齢になると、寒い、痛い、しびれる、気持ちが悪いといったさまざまな理由で震えることがあります。主な震えの原因は、大きく分けて「生理的」「精神的」「病的」の3つです。
「震えが止まったから大丈夫」と思わず、原因に合わせた対処で犬のつらさを取り除いてあげたいもの。いざというときに落ち着いて対処できるように、震えのメカニズムを知っておくことも大切です。
高齢犬が震える原因①
「生理的な震え」
原因:病気ではなく、老化による筋力の低下も一因です
高齢になると筋力の低下によって力が入りづらくなり、震えが起きやすくなります。筋肉には基礎代謝を上げて熱を産生する働きもあるため、筋力が低下すると体温も下がってしまいます。犬の平熱はおおよそ38度後半ですが、高齢犬は37度後半から上がらなくなることも珍しくありません。
- 筋力の低下
老化に加えて運動する機会も減るので筋力の維持が難しくなる。足腰が弱り、立ったり座ったりするときに震えやすくなる。 - 温度変化
平熱を維持することができず低体温になり、熱を産生するために震える。特に寒さに弱いシングルコートの犬(プードル、ヨークシャー・テリアやマルチーズなど)。 - 排便や排尿時、食事時
踏ん張る体勢になり、足腰に負担がかかった時に震える。
対処法:筋力を維持するために運動を工夫します
筋力の維持には、太ももの筋肉が落ちないように運動することが重要です。犬は前輪駆動の動物なので、後ろ足を意識して使わせましょう。たとえば緩い坂をゆっくり上る、足場の異なる場所を歩くといった工夫が有効です。筋肉をつくる良質なたんぱく質を含む食事を与えるのも一案です。たんぱく質を制限する必要がある慢性腎臓病などの場合は、獣医師に体の負担が少ない筋肉量を維持できるたんぱく質の量を確認しましょう。自宅ではバランスボールを使ったリハビリもおすすめですが、筋肉を痛めないように獣医師に相談しながら実践してください。
急激な温度変化を避けることも重要です。たとえばリビングから廊下や屋外に出るときには、洋服やスヌードを着せて急激な温度変化を防ぎ、外気温に慣れてきたら脱がせましょう。
排便・排尿時や食事時には、犬が踏ん張れるように滑りにくい床材を敷きましょう。関節を痛めたり変性性脊椎症を予防したりすることにもつながります。
高齢犬が震える原因②
「精神的な震え」
原因:高齢犬は精神的な影響を受けやすくなります
高齢犬は小さな刺激にもストレスを感じやすくなります。視力や聴力などの感覚器が衰えて不安や恐怖が強まることもあれば、逆に気づきにくくなって怖いものが減ることもあります。
- 不安や恐怖が強くなる
感覚器が衰えて警戒心が上がり、不安や恐怖を感じやすくなる。 - 環境の変化
引っ越しや来客、動物病院への入院に不安を感じる。 - 気を引くため
飼い主の気を引くために震えることもある。
対処法:飼い主さんが寄り添うことで落ち着くこともあります
犬が怖いと感じたときに飼い主さんが寄り添うことが特に必要になります。「大丈夫だよ」と穏やかなトーンで声をかけるだけでも落ち着くことも少なくありません。犬が恐怖心や警戒心を感じるものがわかっていれば、遠ざけるのが最も確実です。たとえば雷やサイレンの音など避けられないものは、安全地帯(飼い主さんの隣やクレート)を用意してください。
引っ越しなどで環境が変わる場合、犬の住まいのレイアウトをなるべく変えないようにしましょう。動物病院に入院する場合は、家族や愛犬のにおいがついているタオルなどがあれば、ストレスが軽減できる可能性があります。 若い頃から社会化トレーニングを心がけ、ストレスに強い犬に育てることも重要です。
高齢犬が震える原因③
「病的な震え」
原因:震えは全身のあらゆる病気の症状でもあります。
愛犬の持病についてかかりつけの獣医師に説明を受け、症状を把握しておきましょう。
- ケガ
よろけたときに、家具などにぶつかってケガをすることもある。 - 消化器の病気
急性胃腸炎や膵炎(すいえん)など。震えに加えて食欲不振、嘔吐、下痢のほか、よだれが出る、おなかがキュルキュル鳴る、舌をペロペロする、 ハアハアと荒い息をする、落ち着きがなくなるといった症状も現れる。 - 骨、筋肉、関節の病気
膝蓋骨脱臼(しつがいこつだっきゅう/パテラ)や椎間板ヘルニアなど。歩き方や動作に異変が現れる。痛みやしびれで震えることもある。 - 脳、神経、脊髄の病気
脳炎、水頭症、椎間板ヘルニアなど。神経伝達に異常が起き、震えや麻痺が起きる。 - 代謝の病気
低血糖、高カルシウム血症、高アンモニア血症、進行した慢性腎臓病、門脈シャントなど。代謝に関わるさまざまな臓器の異常で震える。 - ホルモンの病気
ホルモンのバランスが崩れる甲状腺機能低下症、クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)など。若い犬でも発症するが、高齢犬のほうが多い。 体温や筋力の低下で震えやすくなる。 - 中毒症状
犬にとって有害な食べ物や観葉植物を食べて中毒を起こし、痛みや気持ち悪さで震えることがある。
対処法:飼い主さんの観察力で病気を見逃さないこと
病気の震えを見逃さないためには、普段から愛犬をよく観察しておくことです。普段の愛犬の様子は飼い主さんしかわからないので、日常生活の中でさりげなく見ておくだけでも震えが起きたときに役立ちます。 過去に治療していたケガや病気が、歳をとってから悪化したり再発したりすることもあります。たとえば若いころには手術をしなくても問題なかった膝蓋骨脱臼(パテラ)が、高齢に伴う筋力の低下によって再発し震えが起きていることも。現在の体調に加えて、既往歴も踏まえて確認しましょう。
すぐに受診するべき震えを
チェックする
飼い主さんが震えの状態を見て病気を区別するのは難しくても、震えの状況をチェックすることで、様子を見てもよい場合とすぐ受診するべき重篤な病気との判断は可能です。 もし愛犬が震えている場合、「いつ・どこで・どこが・どのように」のチェックリストを活用してください。
受診するべき震えの目安
○他の様子と合わせて判断 ●生理的・精神的 ◇病的・動物病院へ ◆重篤・すぐ動物病院へ
3つのWと1つのH | 状況 |
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いつ(when) |
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どこで(where) |
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どこが(Which part) |
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どのように(How) |
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すぐ受診するべき重篤な病気の症状は、「頻繁に・全身が・意識がない」状態で震えている場合です。中でも重篤なのは意識がない「てんかん」です。症状は小さな震えから大きなけいれん(全身がガクガクと震える)までさまざまです。てんかんが起きる前にはあくびやよだれが増えることが多いので、日常生活の中での変化を見逃さないようにチェックしてください。
愛犬に震えが起きたときには、後で確認したり獣医師に見せたりできるように、スマートフォンで動画を撮っておきましょう。震えている最中は冷静な対応ができないかもしれませんが、震えが収まった後の様子でも診断の手がかりになります。 たとえ病的な原因がなくても、犬は生理的、精神的な震えにつらさを感じています。高齢犬の震えに気づいたら放置せず、動物病院で相談することが大切です。