しぐさからわかる猫の気持ち
〜すりすり編〜
私たちの足もとなどに顔や体をこすりつけてくる、猫のすりすり。
すりすりされることで「愛されている」ことを実感する飼い主さんも多いことでしょう。
でも、猫は本当に愛情を伝えるためにすりすりしているのでしょうか?
正しく理解しておきたい、猫のすりすりの目的や猫の気持ちについて、
動物行動学がご専門の加隈良枝先生に教えていただきました。
お話を伺った先生加隈 良枝 准教授
(帝京科学大学)
帝京科学大学アニマルサイエンス学科准教授。1995年東京農工大学農学部環境・資源学科卒業。2002年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士(農学)。同大学院博士課程在学中に英国エジンバラ大学にて大学院応用動物行動学および動物福祉に関する修士課程を修了。帝京科学大学アニマルサイエンス学科講師を経て、2013年から現職。専門分野は、応用動物行動学、動物人間関係学、動物福祉。
本来の目的はマーキングだけど
コミュニケーションにも活用
猫がすりすりをする一番の目的はマーキングです。自分のニオイ、いわゆるフェロモンをいろいろな所につけることで、ここは自分のなわばりであり、自分のものだと主張しているのです。動物行動学の観点で説明すれば、飼い主にすりすりしてくるのも、愛情表現と言うよりも「自分のもの。なわばりの一部」だというアピールということになります。
けれども、すりすりしてきたときに、飼い主さんが「お腹がすいたのかしら?」と思ってごはんをあげたり、「あっちへ行きたいのかな」とドアを開けたりすれば、経験を積み重ねることで「すりすりしたらごはんがもらえた♡」「すりすりすればドアが開く」と猫は学習します。飼い主にすりすりすればうれしそうに世話をしてくれることが猫にはわかるので、人の行動を猫がうまく引き出し、私たちがまんまとそれに乗せられている、とも言えます。
このようにすりすりは飼い主さんとのコミュニケーションツールにもなり、要求やおねだりなど、マーキング以外の意味が含まれることもあります。
飼い主帰宅後のすりすりは
歓迎よりも自分のニオイの上書き
すりすりは、柱やドア、家具の角などの出っ張っていて目立つところに行うことで、マーキングとしてのより効果を発揮します。
また、飼い主さんが外出から帰ってきたときに、「待ってました!」とばかりに、たっぷりとすりすりしてきます。飼い主としては「待ってたのね。さびしかったね」と猫が歓迎して迎えに来てくれたように思うかもしれません。けれども、これも動物行動学的に解釈すれば、飼い主さんが外からいろいろなニオイをつけて帰ってきて、自分のニオイが薄れているので、安心するためにすりすりしてニオイを上書きしている行動と言えます。
同様に、飼い主さんのお風呂上がりに、しきりにすりすりする猫がいるのも、せっかく付けたニオイが石けんで消されてしまったので、つけ直しているのです。
お客さんにすりすりしたり、宅配便の荷物や買い物袋をチェックして顔や体をこすりつけたりするのも、外から持ち込まれたものに対するマーキングです。同様に、初めての場所にやってきた猫も、落ち着こうとしてあちこちにすりすりすることがよくあります。
すりすりする体の部分は
撫でられて気持ちいいところ
猫がすりすりするときには、額、頬、顎などの顔の周り、体の脇、しっぽなどをこすりつけます。これらはニオイのもととなるフェロモンの分泌腺が発達している部分で、こすったり撫でられたりすると気持ちがいい場所でもあります。気持ちがいいのでいっぱいすりすりすることで、ニオイもたくさんつけられて安心するというわけです。飼い主さんにすりすりしているときに撫でられると、さらにうっとりといい気持ちになります。
時には、足にすりすりしていたのに急にふくらはぎや足先に咬みついてくることもあります。すりすりが刺激となり、気持ちよさから気分が高ぶって咬むこともありますし、動く足に反応して獲物を捕まえるスイッチが入って咬んでいるとも考えられます。また、咬みつけば飼い主が「痛い」などのリアクションをするので、気を引くためにやることもあります。
咬まれるのは痛いですが、「痛い!」とか「やめて!」などと大きく反応をすると、猫は「かまってもらえた」と思い、なかなかやめないこともあるので、足を咬んできたら大げさに反応しないで速やかに猫から離れましょう。
すりすりする猫、あまりしない猫
この差ってなに?
すりすりには個体差があり、頻繁にする猫もいれば、あまりしない猫もいます。
一般的に、多頭飼育ではいろいろな猫のニオイが混ざり合うため、自分のニオイをなるべく上書きするために、すりすりの回数は増えます。高齢の猫よりも好奇心旺盛な若い猫、メスよりもなわばり意識の強いオス、長毛種よりもアクティブな短毛種のほうがより多くすりすりすると考えられます。その他、発情など、性的なアピールで増えることもあります。
また、人でも、すりすりされやすい人とされにくい人がいます。そもそも、人と猫の物理的な距離が近くなければ、すりすりできません。声が大きい人、威圧感のある人、しつこい人など、猫が苦手とするタイプの人は、警戒心を与えてしまい、猫との距離感が縮まらないでしょう。すりすりされるということは、その猫に好かれている証とも言えそうです。
すりすりは実害のないマーキング
思う存分やらせてあげよう
猫のマーキングには、すりすりのほかに、爪研ぎやスプレー(尿マーキング)があります。マーキングは猫本来の正常な行動ですが、爪研ぎやスプレーは人と暮らしていく上で、問題行動として捉えられることもあります。それに比べて、すりすりは人にとっても実害がほとんどないマーキングですから、思う存分やらせてあげるとよいでしょう。
すりすりは、角や出っ張り、ざらざらしているものなどに好んでするので、すりすりしやすい場所を増やすことで、爪研ぎなどのマーキングが軽減されることもあります。
咬むなどの行動がなければ、飼い主の足にもすりすり場所として提供してあげてください。このとき、足で踏んだり蹴ったりしないように注意を払いながら猫との距離を縮め、コミュニケーションを楽しんでください。